(令和8年7月号)「和歌山」の名はいつどうして生まれたのでしょうか

 

ページ番号1068331  更新日 令和8年7月1日 印刷 

 市長コラムも後1回で最後となりますが、和歌山大好き人間として、生を受け育ててもらった「和歌山」の地名の由来について、確かなことを知りたいと思い、市の学芸員の方に調べてもらいました。
 和歌山という地名は豊臣秀吉が定めたことは一般的に有名ですが、その根拠は、天正13年(1585年) 7月(旧暦)に秀吉から遠藤山城守基信宛の手紙に、「和歌山」という地名が初めて登場することにあります。手紙には、その年の3月に泉州を出発して根来を抑え、雑賀一揆を鎮圧したことと「紀州和歌山」を弟の秀長の居城にしたことなどが記されており、正式に和歌山という地名が初めて使われています。
 他の歴史資料には、天正13年4月に秀吉が和歌の浦の玉津島神社を参拝し「打出て玉津島よりながむれば みどり立そふ布引の松」という和歌を詠んだことが記されており、秀吉が景勝地「和歌の浦」の「和歌」と、築城地である「岡山」の「山」を組み合わせて名付けたのではないかという説になっているようです。「和歌山」という名前には、和歌の浦の美しい景観への敬意と、新たな城下町への期待が託されていたのかもしれません。
 市長として市政に携わる中で、私はこのまちの奥深い歴史や文化の魅力を実感してきました。何気なく使っている地名にも、歴史の積み重ねがあります。こうした郷土の物語を知ることは、私たちのまちへの誇りや愛着を深めるきっかけになるのではないでしょうか。「和歌山」という名に込められた先人たちの想いを大切にしながら、この素晴らしいまちが未来へ受け継がれていくことを心から願っています。