太田・黒田遺跡周辺文化財マップ

 

ページ番号1066520  更新日 令和8年4月7日 印刷 

太田・黒田遺跡周辺文化財マップ

「太田城水攻めと大規模弥生集落」太田・黒田遺跡周辺文化財マップの発行について

「太田城水攻めと大規模弥生集落」表紙

和歌山駅東口周辺に存在する文化財を知っていただくため、散策できる文化財マップを製作しました。

和歌山駅東口には秀吉により水攻めされた太田城や、県指定史跡の太田城水攻め堤跡、銅鐸が出土した弥生時代の大規模集落である太田・黒田遺跡などさまざまな時代の文化財があります。ぜひマップを手に、散策してください!

また、太田城水攻め」関連に絞ったマップも作成していますので合わせてご活用ください。

和歌山県指定文化財 太田城水攻め堤跡(おおたじょうみずぜめつつみあと)

太田城水攻め堤跡

羽柴秀吉は天正13年(1585)に太田城の周囲に長大な堤防を短期間で築き、現在も紀の川南岸の平野部を潤している宮井用水を利用し水攻めを行いました。堤の一部が水圧に耐えかねて決壊しますが、速やかに復旧し再び導水が行われました。中黒田堤防など水攻め後もいくつかの地点で堤防の痕跡が残されていましたが、江戸時代から現代までの間に徐々に失われ、現在は市内の出水にある堤跡のみです。残存する堤防の規模は幅約24m、残存長約66m、高さは隣地水田の比高から判断すると約2.6mある大規模なもので、内側に小段があります。堤防の断面を観察すると堤防の内側に山状に築いた核をもち、内側が高く外側に向かって傾斜するように盛土されていることが分かります。堤防に使用された土の中からタイ・ソントー鉱山産出の鉛を使用した鉄砲玉が出土し、堤防の上面から江戸時代のゴミ穴が掘られていることから、織豊期に構築された堤防跡であることが分かりました。構築された時期や位置からこの堤防は秀吉が太田城を水攻めするために築いた堤の可能性が高く、太田城の水攻めを現在に伝える貴重な文化財であるため、令和5年度に和歌山県の指定文化財に指定されました。

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